アナスク「アナウンススクール」
局アナ・女子アナ目指すなら東京アナウンスセミナー「アナセミ」へ

選ばれる理由がここにある!!

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清水 春名【16期
「アナセミはアナウンサー受験に必要なことだけではなく、人として大切なことを教えてくれる場所、まるで家族のように暖かい場所」
私がアナセミに通い出したのは、四年生の五月からでした。
私はもともとアナウンサーになりたいと思ったきっかけは、地元山口県のテレビを見ていて、テレビの前でキラキラと輝いて、自分の意見もすらすらと言えて、堂々としているアナウンサーに憧れを抱いたから。その憧れがいつしか、目標になり、大学受験を終えて薬学部志望だった私は、アナウンサーになるために思い切って文転し、浪人生活を経て、大学進学しました。もともとスポーツが好きで、大学ではサッカー部のマネージャーに。この時から女性でもスポーツ実況なんてできたらいいなと憧れがさらに磨かれました。
大学二年生のころからは、某局のアナウンサースクールに通い始め、アナウンサーになりたいと本格的に思い始めた時期でした。とても楽しくてたくさん友達が増えたアナウンサースクール。しかし、アナウンサー受験なんて、そんなに簡単に受かるわけではありません。
アナウンサー受験が本格化してきた頃、エントリーシートも全く受からず、写真も何を貼ったらいいのかわからなくなったとき、一般企業に内定した先輩たちに沢山相談して、なんとかエントリーシートが通過するようになったのは、一月くらい。アナウンサー受験に本腰を入れ始め、一次面接に進むことができはじめてきて、次は一次面接の壁にもぶち当たった時に、今度はアナウンサーの先輩たちに相談しました。そして、やっと、やっと掴んだ、地元の局のカメラテスト。しかし、はじめてのカメラテストだったので、緊張のあまり試験中に泣いてしまい、落ちてしまいました。
あまりの悔しさに、途方に暮れていた時、ある局アナの先輩がアナセミを紹介してくれました。
体験だけでも行ってみて、いろいろな角度から自分を見てもらうことは大切だから。
しかし、もうすでに二つのアナウンサースクールに通い、受験は一人で受けるものだから、アナウンサースクールに懐疑的な気持ちを持っていた私。しかし、先輩も紹介してくれたし、無料だし…そんな疑問を抱えたままアナセミの門をたたきました。
初日に行って、まずびっくりしたことは、部屋に本間さん一人しかいなかったこと。こんなに広い部屋に、本間さん一人しかいないのだろう。アナウンサースクールといえどもこんなにフランクなのだと、あの時の安心感を今でも覚えています。
そこから、丁寧にカメラテストをしていただき、言葉巧みなアナウンサーの先生の授業を受けて、カウンセリングをしていただき、的確なアドバイスをいただいて、もう至れり尽くせりだと思いました。私がなぜ今までダメだったのか、たかが、一回の体験授業でしたが、自分という一人の人間を見つめ直すことができました。
また、アナセミには、たくさんの先輩たちの資料があり、アナウンサーになられた先輩たちのエントリーシートなどを見ていると、自分も頑張らなければと思うようになり、ここに通いたい!!アナセミにまた来たい!!と思うようになりました。
アナウンサースクールはそこで、もう、最後にしよう。ここで絶対に地元の放送局に内定をもらってアナウンサーになろう。
そう強く、自分自身で決めた日から、本当にかわりました。
まず日常生活から。夕方、アナセミに行くために、今日中書かなければならないエントリーシートを朝早く起きて書いて。おかげで、規則正しい生活になりました。
そして、汚かったお部屋も。毎日ちゃんと掃除するようになって、落選したエントリーシートだらけのお部屋も片付いてきて、気持ちまでスッキリしてきました。
また、なんといっても、本間さんと安達さんがいなければ、私は、アナセミに毎日通ってなかったかもしれません。本間さんと安達さんに毎日に会って、アドバイスをもらいたいがために、そして、私に一番に寄り添って応援し続けてくださったので、少しでも期待に応えたかったから。試験真最中の私。入会が普通の人よりも遅かったけれど、こんなに毎日真摯に向かい合ってくれました。おかげで、埼玉に住んでいる私は、定期を買って毎日アナセミに通い、毎日カウンセリングを受けるようになりました。
アナセミに通うと、エントリーシートの通過率も、面接の通過率もよくなり、初めのころは受からなかったキー局のエントリーシートも面接も通過できるようになりました。
そして、待ちに待った、私の地元で一番に行きたかった放送局の最終試験。
本間さんと安達さんに、頑張っておいでと力強い言葉をいただいて、この局で最後の面接にしようと覚悟を決め、そして、ここまで進めたことに感謝の気持ちを持って、明るく、心を持って、一生懸命にがんばりました。
すると、その夜には、内定の電話をいただき、家族は涙を流して喜んでくれ、アナセミにも電話をすると、本間さんが「おおおー!!!!」と吠えてくださったくらい、喜んでくださいました。応援してくださった皆さんに最高の恩返しができたと実感しました。
私は、内定が取れたことは、もちろん、自分の努力をしたからだとも思います。しかし、アナウンサー受験という難関を突破するためには、自分にあった正しいアドバイスをしてくれるアナセミがなければ内定という二文字を手にしてなかったと思います。
アナセミに通って、自分自身まで見つめ直すことができ、私は本当にアナウンサーになりたいか、なったら本当は何をしたいのかな、など深く深く大切なことを考えることができました。
本当に感謝感謝です。

これからも、アナセミで培った精神を大事にして、今度は、アナセミのような人の心に寄り添えるステキなアナウンサーになりたいと思います!
これからも、よろしくお願いします!




黒田 直樹16期
アナセミは私の事を「自分」の事のように考えてくれるところです! それは「アナウンサーになる」という目標を叶えるためだけに決してとどまりません。 私自身が「どうすれば社会人としてやっていけるか」、「良い人間として成長できるか」、 そのために、本気で叱ってくださる方々がそこにはいます。 私はプロ野球中継の実況に憧れ、プロ野球のある地域のアナウンサーになりたくて、就職浪人をしました。就職浪人として活動する事を決めた2014 年の秋にアナセミの門をたたきました。門を叩いていなかったら、アナウンサーになるという目標を叶える事はおろか、人間としての大切な事に気づく事ができないままだったと思います。 また、アナセミは頑張ろうと動く人間を本気で支えてくれます。自分の目標に向けて動き続ける人間に道を示してくださいます。 自己中心的な考えが強かった私に、本当の意味で「相手の気持ちになることの大切さ」を気づかせてくださった東京アナウンスセミナーに心から感謝しております。 少しでも恩返しができますよう、立派な人間になって、相手の気持ちを常に慮れる立派なアナウンサーを目指します。ありがとうございました!!



佐藤 彩乃16期
「私、本当にアナウンサーになりたいのか、わからなくなりました。」

試験を受け続ける中で、私はある悩みに直面していました。面接で話す言葉が、相手に届かないと感じるようになったのです。特に、地元テレビ局の面接で痛感したことでした。しかも、私がアナウンサー受験を本気で決意したのは大学4年の10月。周りの受験生より一歩出遅れている、という不安と焦りも相まって、自分の進む道を見失いかけていたのです。

そんなある日、転機が訪れました。それは、原元先生とのカウンセリングです。どうしたらいいのだろうと嘆く私に、先生はこう話してくださいました。

「佐藤さんに足りないのは、甘えること。」

この言葉を聞いたとき、私は正直、あっけにとられてしまいました。大事なのはアナウンス技術だと思っていた私にとって、あまりにも意外なひとことだったからです。本質を突かれ、これまで我慢してきた悔しさや悲しさが一気に爆発した瞬間でした。ボックスティッシュを一箱空ける勢いで泣いたあと、もう、後ろは振り向かないと決めました。
さらに時を同じくして、アナセミの仲間が手を差しのべてくれました。私のことを我がこととして考え、一緒に悩み、強く励ましてくれたのです。そのあたたかさに涙したことも、一度や二度ではありません。

このとき、私は気付いたのです。これまで試験を受けてきたなかで、私に足りなかったもの。それは「私はひとりじゃない」という思いです。それまでの私は、アナセミという場所にいながら、どこかひとりで試験に臨もうとしていたような気がします。周りを頼ること、甘えることが、恐ろしく下手だったのです。本気になって自分のことを考えてくださる方々に囲まれて、私はなんて幸せ者なのだろう、と思いました。おかげで試験当日は、ひとりで受験している気が全くしませんでした。
そうして頂いたのが、これから私が働くラジオ局の内定です。高校時代、ラジオに励まされた経験からアナウンサーを志した私にとって、これ以上嬉しいことはありません。

私はアナセミで、アナウンス技術はもちろんのこと、ひとりの人間として生きるため、自立するために大切なことを学ばせて頂きました。この贈る言葉を読んでくださっているあなたに、少しでも「アナウンサーになりたい」という思いがあるのなら、
自分の気持ちに正直になってみてください。そして、アナセミの門を叩いてみてください。先生方や、どんなときでも一緒に頑張れる仲間、内定オムレツを手にし、キラキラと輝く先輩方の姿が、いつでもあたたかく出迎えてくれるでしょう。

「私、本当にアナウンサーになりたいのか、わからなくなりました。」とこぼしていたあの日。あれから5か月経ったいま、胸を張って言うことができます。「私、アナウンサーになります。」と。

私はアナセミで、先生方や仲間からたくさんの幸せを頂きました。今度は私がアナウンサーとして、リスナーに幸せを振りまけるような存在になります。アナセミで学べたことに心から感謝しながら、新天地で「明るく、心を持って、一生懸命」頑張ってきます!



佐竹 明咲美【社会人】
社会人1年目の春。
その頃の私は、思い描いていたアナウンサーとしての生活は夢のまま、別の人生を歩んでいました。
ただ、夢で終わらせたくないという強い思いを捨てきれず、藁をも掴む思いでアナセミの門を叩きました。
それからたったの半年、私は地元を放送エリアとするテレビ局から内定を頂き、夢を叶えることができたのです。

アナセミはとても暖かく、時には厳しく、
話すことはもちろん、人間としても成長出来た場所でした。

なによりも、私は1人じゃないんだ!と思わせてくれたのがアナセミでした。

ある日、急遽DVD選考用の動画を撮らなければならなくなり、家にカメラもないしもう間に合わない!と途方に暮れていました。
しかし、本間先生に相談すると、
「明日の朝一で撮りますよー!」と一言。
悩んでいた私の背中をぽーんと押してくださり、朝早くから撮影をしてくださいました。
おかげでその選考は通過し、最終試験まで残ることができました。
また、ESが通らず悩んでいた時は、安達先生が夜遅くまで親身になって、私のアピールポイントを、より伝わりやすくする為の表現方法を一緒に考えてくださいました。
その後出したESは100%と言っても過言ではない程通過しました。
そして、心から内定を喜び合える仲間に出会い、一緒に試験を乗り越え、
アナウンサーとして働き始めた今でも連絡を取り合ってお互い励まし合いながら切磋琢磨しています。

試験などでうまくいかず悔しくて家で涙を流しても、次アナセミに行った時には
「諦めなければ絶対になれます!」
「頑張りますよー!」と声をかけてくださり、自然と笑顔になっている、そんな場所でした。

アナセミの暖かく前向きな空間で学べたことは、少しマイナス思考だった私を前向きに変えてくださいました。

「諦めなければ絶対になれる」

このことを身をもって知ることができたアナセミ。
これからも何事も諦めず、前向きに進んでいこうと思います。
本当にありがとうございました!
そして、これからもよろしくお願いします♪




髙橋 映 【社会人】
アナセミに入った頃、私は一つの夢を終えたところでした。

 その先の道に迷っていた私は、「話して伝える仕事をしてみたい」と思ってはいましたが、具体的にこれからどうしていけばいいのかわからずにいました。そんな時、今となれば運命だと思える偶然がきっかけでアナセミを知り、入学しました。

 社会人4年目の年で入った私は、最初は現役大学生の若くて輝いている様子や、忙しい日々の中モチベーション高く通い続ける社会人のみなさんを見て、大丈夫かな…と心配になりました。しかしすぐにその不安は払拭されました。
 アナセミは、とにかくあたたかい場所でした。どんな人とも、どんな時も、お互いを思いやり、声をかけ合い、助け合う。アナセミは本当に人と人とのつながりを大切にし、さらにつないでいくという、素敵な場所です。アナウンサーとして以前に、人としての勉強もさせていただいたと改めて感じます。

 先生方は常に愛情いっぱいに指導してくださいました。時には優しく、時には厳しく。自分のことのように一生懸命に接してくださいました。
 先生方の指導は、何から何まで私にとってすべて勉強で、アナセミに行くのがいつも楽しみで、ワクワクした気持ちでいっぱいでした。もちろん、涙を流したこともたくさんありましたが、その涙もすべて、今の自分を作ってくれました。
 いつしか自分の為よりも、先生方の為に受かりたい!そんな風に思っている自分がいました。

 やっと放送局に内定をいただいたにも関わらず、その後も不安でいっぱいだった私の背中を押してくれた先生方、仲間たち、OBのみなさん。最初から最後まで、アナセミのみなさんにはお世話になってばかりです。
 これからアナセミで学んだことを活かし、頑張る時。感謝の気持ちを返していきたいという気持ちの中、原元先生から貴重なお言葉をいただきました。
 恩返ししたいと思うなら、あなたがここで得たことを後輩に伝えていきなさい、と。
 アナセミで得た絆を、私自身もそうしてつないでいけるように、日々勉強していきます。アナセミ生になれて、本当に良かったです。これからも、末永くよろしくお願いします。

 新たな夢が、始まりました。いってきます!




麻生 和寛 【14期生】
アナセミに来て、毎回成長している自分がいました。

なぜなら、先生方が色々と指摘をしてくれたからです。
その中でも印象に残っている言葉が3つあります。 

1つ目は、《サッカー馬鹿!》
一つの話しか出来ず、他の話題に乏しかった私にピッタリの言葉でした。
他の話題も話せるように引き出しを多く持つべきという意味です。

2つ目は、《胡散臭い政治家!》
演説口調のようになり、本音を話さず着飾った自分がいました。 
ありのままの自分の姿で、普通に話せという意味です。

3つ目は、《あなたと話していてもつまらない!》 
全て、話の密度が薄くて、中身の無いものばかりでした。 
常に「なぜだろう?」と考える癖が必要であり、深い話をするという意味です。

毎回、アナセミに行くと名言を言われて、自分の胸に刻みこまれました。 
アナセミがあったからこそ、私はアナウンサーになれました。 
ありがとうございます。




長井 紀幸 【15期生】
明るく、心を持って、一生懸命」、「向き不向きよりも、前向き」、「念ずれば花開く」。就職活動中の手帳を読み返すと、この3つの言葉が怖いくらい手帳の隅にびっしりと書き込まれています。今思えば、後ろ向きになりがちな自分に、無理矢理言い聞かせるようにして書き込んでいました。試験会場に向かって歩きながらブツブツ呟いていると、肩の力が抜けて背筋がピンと伸び、誰かに背中を押して貰っている感覚になります。内定した局の最終試験前も、繰り返し呪文のように唱えていました。前向きになれて、少しでも自分に自信が持てる不思議な言葉です。

 アナウンサー試験が始まった大学3年生の10月~12月にかけて、書類すら殆ど通過しない日々が続きました。その時、カウンセリングで「自分を知る作業が大事」と言われていたものの、正直私はそれを避けていました。ずっと後ろ向きで、謙遜ではなく自分に自信が持てなかった私は、「自分を知る」ということが嫌で仕方ありませんでした。これまでの人生を振り返る「自分史」を作った時も、どうしても自分の欠点にばかりに目が向きます。初めて受けた面接選考では、周りの受験者に対して劣等感を感じていました。どうして自分は周りの人みたいな華やかさがないんだろう、どうして自分は周りの人みたいに面白い答えが出来ないんだろう、と気後れして落ち込んでばかりでした。また、「アナウンサーを目指しているってことは、自分に相当自信があるんだね」と大学の友人に言われた時、彼が持つアナウンサーのイメージと自分自身との乖離を感じ、「アナウンサーになるべきじゃないのかも知れない」と思ったこともあります。

 大学やアルバイト先にいると、どうしても迷いや不安で頭がいっぱいになっていた私は可能な限りアナセミに通いました。アナセミで授業やカウンセリングを受けている間は、余計なことを考えずに「アナウンサーになる」という一心でいられたからです。先生方の授業を聞いたり、先輩・同期・後輩の皆さんと話したりしていると、自分がアナウンサーに向いているか向いていないかとか、余計で、小さな事で思い悩まずにいられたからです。その時も、ずっと教室にある「明るく、心を持って、一生懸命」「向き不向きよりも、前向き」「念ずれば、花開く」と書かれたオムレツを見ては、自分に言い聞かせていました。そうすると、また明日も頑張れる、次の選考は通過できる、と前を向くことができました。

 それでも、どうしても前向きになりきれず、自信を持ちきれないことがありました。入念に準備して迎えた最終試験で思うように行かずに落ちてしまったり、選考に通過しても自分の何が評価されているのかが分からなかったりすると、「なんで失敗してしまったんだろう」「自分自身をまだ知れていないんじゃないか」と反省してばかりでした。そんな試験の後は、自然とアナセミに足が向いていました。受験先で買ったご当地土産を囲んで、先生方と試験について振り返り良かったところと改善点を洗い出す。「気にしすぎですよ、長井くんは」と言われることも、しょっちゅうでした。先生方の言葉1つ1つのおかげで、後ろを向きそうになっても、前を向くことが出来たと感謝しています。

 大学3年生の3月下旬。念願叶って初めてアナウンサーの内定を頂いた時の、あの驚き・歓喜・安堵の気持ちはそれまで感じたことがない感情でした。そして真っ先に電話した先は、アナセミでした。号泣しながら報告する私を、本間さんと安達さんが「おめでとう!」「良かった!」と言ってくださった時、本当に、本当に、アナセミに通ってよかったと思いました。普通の言葉のはずなのに、一緒に喜んでくれていることが電話越しでも十分伝わってきたからです。

 憧れの職に就く、ということで、以前より前向きになって自分に自信を持てた気がしています。もしまた後ろ向きになりそうだったり、自分に自信が持てなくなったりしたら、「明るく、心を持って、一生懸命」、「向き不向きよりも、前向き」、「念ずれば花開く」をまた呪文のように呟こうと思います。アナセミは、夢を叶えさせてくれた場所でもあり、自分を前向きに変えてくれた場所でもあります。心から「アナセミでよかった」と思います。先生方、先輩・同期・後輩の皆様、OB・OGの皆様、本当に、ありがとうございました。これからも、よろしくお願いします。

 大好きなテレビとラジオに囲まれて、大好きな土地でアナウンサーが出来ることに感謝しつつ、これから精いっぱい頑張ります!!また、アナセミにお邪魔します! 




竹内 里奈 【15期生】

「アナセミが無ければ、私の内定はありません。」
「アナセミは、人間として成長させてくれる場所」

私がアナセミの門を叩いたのは、大学4年生の6月。初めて最終試験に落ち、途方に暮れていた時でした。東京出身の私にとって、おばあちゃんの家があるその県が、最後の砦のように思えていたのです。最終試験に落ちることが、こんなにも苦しいのだと初めて知りました。「あと、一歩でアナウンサーになれていたのに。なんで私じゃなくて、友達なんだろう。」そう思いました。何度も何度も交通費をかけて通った地、何度も足を踏み入れた局、その局でアナウンサーとして働く自分の姿を夢に見てしまいます。一瞬にして、また振り出しに戻る現実。最初は耐えられませんでした。なんで自分が最後で選んでもらえないのか、理由も、もう分からなくなっていました。

そんな時に、私を見かねた先輩が紹介してくれたのが、「アナセミ」でした。「私はアナセミに行ってから変われたよ。」その言葉に、ワラをもすがる思いで、門を叩きました。毎週授業を受けて、週に2回くらい、カウンセリングを受けました。カウンセリングというのは、先生と一対一で、カメラで動画を撮りながら面接やカメラテストの対策をする、アナセミにしかない練習スタイルです。まず、このカウンセリングには、本当に驚きました。ここまで丁寧に面接練習をしてくれる環境はまずないです。そうしているうちに、夏になりました。4年生の夏は、みんな旅行にでかけたりしてたくさん遊んでいます。そんなときにも、「成長して早く内定したい」という強い気持ちを、折れることなく持ち続けられたのは、毎週、アナセミで丁寧にカウンセリングをしてもらえたからです。一緒にアナウンサー受験していた友人でも、夏前になると、心が折れてやめてしまう人がたくさんいました。ですが、本当に恵まれたことに、私は、毎回課題を見つけていただき、動画で自分の姿を隅々までチェックして、変わっていくのを実感できました。そして、いつもいつも応援して下さるアナセミの先生方、そして、一緒に頑張るアナセミ生の存在に支えられていました。

8月、基幹局の二次募集で、最終試験に残ることができたのですが、また、最終で落ちてしまいました。そんなとき、実践コースで、アナセミの原元先生に、「挨拶で元気の押し売りしてない?」と言われて、ハッと目が覚める思いでした。元気なのは、もちろん大事、でも、その場に合っていない元気さを出しすぎると、相手との温度差ができ、緊張感から壁ができてしまう。私は、TPOに合わせるということができていなかったんです。腑に落ちました。そこから、普段話しているような空気感で、面接官とも話せるように変わりました。そこから、2局目で、今の局に内定を頂きました。アナウンサーになりたいという強い気持ちを持ち続けられたこと、そして、変わるきっかけを貰えた場所、それがアナセミです。アナウンサー受験は、本当に苦しいと思います。でも、アナウンサー受験をして丸1年、この期間は、アナセミや、受験を通じて多くの人々と出会えたことで、私にとっては、必要な1年間でした。22年間の人生で、まだまだ本当に未熟なのですが、胸を張って、一番成長できた1年でした。それもやっぱりアナセミのおかげです。本間先生、安達さん、原元先生、本当に感謝の気持ち一杯です。どうもありがとうございました。これから、アナウンサー受験を頑張るみなさん、本当に苦しいのは確かですが、アナセミに入れば、強い気持ちを持ち続ければ、きっと大丈夫です!!頑張って下さい。応援しています。




亀谷 渉子(かめや たかこ) 【15期生】
私はアナセミで「自信」を頂きました。

一年間アナウンサー受験をしてきて、私は一度も面接に通ったことがありませんでした。はじめは、「これも経験だ」と自分に言い聞かせて、なんとか試験を受けてきましたが、いつしか作業のように受験をし、自信のないまま受け続けていたのです。

大学4年生の夏頃、「アナウンサー受験をしていていいのかな?」、「私はアナウンサー受験をする資格すらないのかな?」と不安で、どうしようもない時期がありました。
でも、諦めようとは一切思わなかったのです。それは、応援してくれている友人、そして、応援と共にアナウンススクールに通う交通費や受講料など支援してくれた両親がいたからです。

そんなときにアナセミの存在を知り、大学4年生の11月に通い始めました。
私が京都から通うことを配慮して、ESの添削をメールでしていただきました。そして、アナセミに通う日には、カウンセリングで苦手な面接練習、授業ではアナウンス技術だけではなく、試験に出てくるような時事についても教えていただきました。
このように一人一人に丁寧に接していただけるところがアナセミの魅力だと感じています。

そして、実際に面接を受けることになった際、アナセミでやってきたことがいつの間にか「自信」になっていたのです。
「自信」がつくと、心に余裕ができ、落ち着いて試験に挑めるのだと、このとき初めて知りました。
そして、結果もついてきたのです。

もし私のようにアナウンサー受験が上手くいかず、不安なときもあると思います。そういうときは周りを見てください。
応援してくれる友人がいます。
家族がいます。
アナセミの先生がいます。
アナセミの仲間がいます。
決して、一人ではないのです。

そしてもうひとつ、「諦めない」ことが大切だとアナウンサー受験を通して、学びました。

これからもひとつひとつの出会いを大切にして、頑張ります。
本当にありがとうございました。




大塚 ひとみ 【15期生】
諦めなければ絶対にアナウンサーになれる】

これはアナセミの先生方や先輩方が常に口にしていた言葉です。
私がこれから先、多くの人に伝えたい言葉でもあります。

アナウンサーという職業は、華やかで知的なイメージを持たれがちです。それゆえ、「綺麗な顔立ちで、頭の良い人しかアナウンサーになることはできない。だから自分はアナウンサーになれない。」と夢を諦めてしまう人は多いですよね。

私も初めはそう感じていましたし、実際に美しさや知能が求められる仕事であると思います。

ですがそこで諦めることは間違っていると、アナセミから学びました。

これから自分を磨いて美しくなればいい。

これから勉強して知識を身につければいい。

『自分の非を理由にして諦めてはいけない』

アナウンサーになるための努力をするか、しないか。ここが分岐点なのだと感じています。

私は元々頭が良い方ではないので、人と同じことを出来る様になるまでに2倍3倍の時間が掛かります。

ですが逆に、人の2倍3倍でも時間を掛ければ、努力をすれば何事も出来る様になるとも言えます。

面接対策も、筆記試験対策も、アナウンスの勉強も、メイクの勉強も・・・

やはり私は結果が出るまで時間は掛かりますが、やればやる程、1歩1歩前進している足音を聞くことができました。

その足音を聞いてくれている人は必ずどこかにいます。
先生方、先輩方、同じ夢を持つ仲間‥そして放送局の方にその音が届いた時、自分と共に働く仲間として呼んでいただけるのだと思います。

内定をいただき、この場でこのような大きなことを言っておりますが、私もまだまだまだまだ未熟者です。なのでこれからも、今まで通り精進し続けます。

そんな未熟者な私の贈る言葉は以上です。

アナウンサーになれるもなれないも自分次第。自分の気持ち・行動次第で未来は変わるという事を、
心の隅に置いておいていただけたら嬉しいです。








風間 真美子 【社会人】
2013年夏の甲子園が開幕する直前、私はアナセミに通い始めました。と同時に、私の地元・群馬代表の前橋育英高校が優勝したら、今度こそ絶対にアナウンサーになることを諦めない、アナセミを辞めるときは、夢を諦める時だと心に決めました。
その後前橋育英は優勝し、私は一念発起することとなりました。 


私にとってアナセミは、三度目の正直でした。

大学生の頃、アナセミに通おうと一度永井先生のもとを訪れたことがあります。「大丈夫、なれますよー」と言って頂いたものの、中目黒というお洒落な場所とアナセミ生の輝きに圧倒され、田舎者の私は通う事を断念してしまいました。

大学卒業後、アナウンサーとは関係のないお仕事に就いてから、別のアナウンススクールの門を叩きました。 なかなか声の出ない私に、講師の方から「あなたはアナウンサーに向いてないのかも知れない」と言われる始末。 

何度も夢を諦めようと試みたもののそう簡単には諦められず、社会人5年目にしてアナセミにお世話になることを決めました。


アナセミに来て驚いたのが、誰もが「向いていない」と言わないことです。それどころか先生方は、「自信を持ちなさい」「あなたはアナウンサーになれます」と、どんな時も支え、励ましてくれました。

まるで私のことを娘のように思い優しく、時に厳しく接してくれた山地先生。少し話をしただけでも気持ちを察し、解してくれた原元先生。ふとした時に、解決の糸口を差し出してくれた本間さん。内定報告した時、私よりも泣いて喜んでくれた安達さん。直向きに前向きにアナセミで共に習い、励ましてくれた仲間。現役アナセミ生に夢と希望を与えて下さるOBOGの皆さま。カメラの前に立つチャンスをくれたケーブルテレビの皆さん。

アナセミで得た一番の財産は、人との出会いです。 


正直、局アナ経験のない社会人6年目の私が、夢の第一歩を踏み出せるとは思っていませんでした。一人では絶対に辿り着けなかった道です。アナセミで、自分よりも私の夢を信じてくれるたくさんの人に出会えたから、ようやくスタートラインに立てたのです。

自信はなくていいのかも知れません。ただ、自分の夢や周りの人のことを信じる力は大切です。アナセミを信じて努力すれば、必ず夢は叶うと思います。


今の目標は、一日も早く富山で愛され信頼されるアナウンサーになることです。 そしていずれは、私がアナセミの先生方に支えられ、たくさんのチャンスを頂いたように「アナウンサーになりたい」と思う人たちのサポートをするのが夢です。 原元先生のように「早く私と同じ立場になって欲しい」と若い子達に言えるよう、自分のためだけでなく、いつか誰かの背中を押してあげられる存在になるために、富山で仕事を全うしたいと思います。




山本 あゆみ【15期生】
●アナセミ 合格体験談●

私がアナセミに出会ったのは、大学4年の9月下旬。
アナウンサーへの道を諦められず、もう一度頑張ろう!と決心した時でした。
その時の私は、自分の弱点ときちんと向き合えていませんでした。
自分のことが好きになれず、全く知らなかったんです。
しかし、アナセミに出会い、自分と向き合い、何でも吸収するんだ!という気持ちに
なれました。
まず克服すべきは、話し方でした。初めてのカウンセリングで、
原元先生から、「口の動かし方がイソギンチャク見たい!話していることより口に目がいく!」と指摘を受けました。私は言葉を失いました!これまで私はそんなにひどい口の開け方をしていたのか、、とショックを受けました。その日から、先生は、どうしたら話し方が良くなるかいろいろ考えてくださり、私も日ごろの生活から口の開け方に気をつけるようになりました。
カウンセリングを受け、新しい課題に出会い、克服へと向かう道のりの間に、アナウンサーになる!という目標に対して後ろ向きだった気持ちがだんだん明るくなっていきました。
アナセミで頑張る仲間に出会う中で、一つ気がついたことがあります。
自分の夢を叶えた先輩方を見ると、合格をつかむ前から表情が明るくキラキラしているんです。きっとそういう人に幸せって舞い込んでくるんだ!と感じました。
「次は私の番!絶対なる!」と言い聞かせ、アナウンサーになった気分で練習にも取り組みました。そうすると、今までうまくいかなかったアナウンス受験が、一歩一歩前へ進み始めました。

アナセミには、自分のことのように真剣に考えてくれる温かい先生方がたくさんいます。
アナセミがなければ今の私はいません!!
アナウンサーの道を諦めようかな、、どうすればいいか分からない就活生のみなさん!
一人で悩まず、ぜひ、アナセミの戸を叩いてみてください!絶対道は開けます!
 



花岡 賢 【社会人】
無職、無資格、無計画でもアナウンサーになれました。
















有働 文子 【社会人】
私がアナセミに通い始めたのは、2008年11月、その日から今日まで約5年と4ヶ月が経ちました。 当時は、永井譲治先生が亡くなられた直後ということもあり、アナセミ自体の存続も分からないというような状況でした。

初めて、体験レッスンを受けた時、受講生のレベルの高さにびっくりしました。同時に「私も上手くなりたい、ここで練習したら上手くなれる!」と確信しました。

ケーブルテレビ局に入社した私は、会社の中で話す機会があり、そのブラッシュアップとしてアナセミに通い始めました。 アナセミに通い始めて1年後、自分の企画が番組になり、自らが出演する機会をいただきました。それは、芸人さんと地元の商店街を街歩きする番組でした。芸人さんとの掛け合いに悪戦苦闘の日々。
そこで、原元先生のカウンセリングと出会いました。収録したDVDを持参し言われたのは、「あなたテレビに出る資格はないわね!」の一言でした。私は「伝え手」としての意識がないまま画面に映っていることに、その時初めて気が付かされました。

原元先生や山地先生、江橋先生や本間さん、安達さんの厳しくもやさしい指導によって、以後出演する番組や司会、会社から依頼されるすべての仕事は、「伝え手」としての自覚を持ちながら、取り組むことが出来ました。

そして昨年、自分の今後のキャリアプランを考えた時に、「何十年後もアナウンサーとして活躍していたい」と思っていることに気が付きました。
それから1ヶ月半、本当に毎日アナセミに通い、試験を受け続けました。アナセミに通い始めて5年、初めてのアナウンス受験でした。不安になるときもありましたが、5年間に合格していった仲間の笑顔が私の背中を押してくれました。

まだまだ、ここからがスタートラインです。
「向き不向きより、前向き」「明るく、心を持って一生懸命」頑張ります。
これからもよろしくお願いします。




山下 峻正 【社会人】
アナウンサーになりたい!そう思ったのは今から、2年半前、24歳の時でした。

すでに社会人で正直、夢で終わるなと思いながら東京アナウンスセミナーの門を叩きました。これが私の人生を大きく変えるのです。

アナセミでは数多くの社会人がアナウンサーになって活躍していました。アナウンサーになれるかもしれないという希望を胸に持ち、私のアナウンサー受験がスタートしました。

私は原稿読みが下手です。しかも癖があり、なかなか癖が直らず、何度も諦めようとしましたが、ここで諦めたら、死ぬ時に絶対後悔すると思い、毎日、少しずつ原稿読みの練習をしました。

先生方も少しずつだけど成長していると励ましてくださり、諦めず頑張り続けることができました。そして、いつの間にか自分でも気づかないうちに癖が直っていたのです。この場所は努力していれば絶対に報われる場所だと確信でき、そこから、フリートークも自信を持って話せるようになっていきました。

最後の実践コースの授業で、原元先生の「その声なら合格できる」の一言に勇気をもらい、内定を頂くことができました。アナセミには本当に感謝しています。 

山地先生、原元先生、江橋先生、本間さん、安達さん、本当に有難うございます。 
これからアナセミ生として、自信を持ってアナウンサー生活を楽しんできます!



長澤 彩子 【10期生】
 私を変えてくれた場所。それがアナセミでした。

 永井先生に出会う前は、生意気で敬語もままならない学生でした。しかし永井先生は出会った当日に私の性格を見抜き、叱ってくださいました。こんなに人を見抜く力がある先生がいらっしゃるなら…と入学を決意しました。

 家庭の事情でアナセミにあまり通えなかった時期のことです。永井先生は庄やさんで、泣きすぎて声にもならない私の話をずっと聞いてくださいました。そして別れ際は、いつもは優しい握手なのに、その時はがっちりと固い握手をし「長澤さん、今度私の家でワイン会をしましょう!」と笑顔で言って くださいました。それだけで心が救われ、更に泣いてしまいました。

 3年生の夏は毎日アナセミに通いました。今思うと永井先生の顔が見たくて通っていた気がします。 夏だけであっという間に就活ノートも最後のページになりました。私のノートを見て永井先生は「このまま努力し続ければ大丈夫です」と言ってくださいました。 不思議ですよね。永井先生の「大丈夫です」は本当に大丈夫な気がしてしまうのです。

 夏のある日、いつものようにアナセミに通い、永井先生と笑顔でお別れの挨拶をして…まさかこれが最後の挨拶になるとは思いもしませんでした。

 永井先生が亡くなったショックが大きすぎて、私は目の前に差し迫っているアナウンサー受験に身が入らなくなってしまいました。何をやっても空回り。 集中力もなし。こんな私を救ってくれたのがアナセミファミリーでした。

 永井先生に代わってカウンセリングをしてくださっている原元先生はお仕事の日でもないのに、わざわざ私のためだけにアナセミに来てくださいました。 先生は私の話を一緒に涙を流して話を聞いてくださいました。私のために涙を流してくれた先生は生まれて初めてでした。 先生の激励もあって、私はもう一度気合いを入れ直すことができました。

 しかし最初はなかなか上手く行きませんでした。努力しても結果がついてこない。そんな時期、側で励ましてくれたのが10期の仲間でした。 私は弱音を吐くことがすごく苦手でした。しかし10期の仲間は強がりな私の言葉の真意を理解してくれ、受け止めてくれました。 一緒にエントリーシートを徹夜で書いたり、面接対策をしたり、お互いの自己分析をしたり…強がりなのに吹っ切れると一気に泣いてしまう私を、 仲間はずっと支えてくれました。本当に本当にありがとう!離れててもずっと大好きだよ☆

 こんなに他人を思いやることができる仲間がいるのはアナセミだけです。だからアナセミの仲間は「家族」なのです。

 2009年6月5日。念願叶って福島のテレビ局から内定を頂きました。更に幸せなことにアナセミの同期とのW内定でした。 内定した日は一日中アナセミの方々からの着信で携帯電話が鳴りっぱなしで、アナセミの絆を再確認しました。

 私がアナウンサーになれたのは他ならぬ周りの方々の支えのおかげだと心から思っています。 永井先生、先生方、本間さん安達さん、OB・OGの方、先輩方、10期のみんな。皆様のお力があっての尊い内定です。本当はここにお一人お一人に感謝の メッセージを書きたいくらいです。心から感謝致します。

 永井先生の教えを受け継いだ最後の期として恥じぬよう、愛のある話し手を目指します。



本田 朋子 【6期生】
「明るく、心をもって、一生懸命」。この言葉が、何度私の背中を押してくれたでしょう。初めて永井先生にお会いしてから、内定を頂くまでに、何度も何度も永井先生が贈って下さった言葉です。この言葉は私にとって、何よりも大事な必需品となりました。というのも、カメラテストや面接の前に、緊張をほぐすため、アロマオイルを染み込ませたハンカチを握り締め、心の中で「明るく、心をもって、一生懸命。頑張るぞ!!」とおまじないのように唱えるようにしていました。そうすると、なんだか心がスッとし、自然な表情で本番を迎えることができたのです。きっと、言葉の意味以上に“永井先生"という大きな存在が、私を私のままでいさせてくれたのだと確信しています。また、アナウンスセミナーでは、「生徒同士も敬語を使う」というルールがあります。初めは、慣れない言葉遣いに戸惑ったりしたのですが、今では自然に出てくるようになりました。やはり、面接などの際に、きちんとした敬語が使えなければ、恥ずかしいですし、印象も良くはありません。アナセミはそういうアナウンス技術以外のことも学ぶことができます。そして、何よりも「人を思いやる気持ち。“心"で話すこと」が一番大事なんだということを学びました。テキストには載ってないけれど、アナウンサーを目指す人に必要不可欠なことを、永井先生をはじめとするアナセミの皆さんが教えてくれました。本当にありがとうございました。そしてこれからも、宜しくお願いいたします!!


皆藤 愛子 【6期生】
 30秒の自己紹介が5秒とできず、泣き出してしまったカウンセリング1回目。あれから半年が経ちましたが、振り返って思い出すのは永井先生や周り方の温かい笑顔、笑顔……。そして、先生の「明るく、心を持って、一生懸命」という力強い言葉!私は本当に支えていただいてばかりでした。自分の情けなさ、悔しさ、不安……。いちいち泣いて、一時期は本気でもう諦めようと思ったこともありました。そんな時、永井先生とアナセミの皆さんはいつもそばで、世界一温かくて素敵な言葉と、優しい空気で包んで励ましてくださいました。その優しさにさらに泣いてしまう情けない私でしたが、本当に本当に救われ、支えられてきたなぁと思います。
 初めて来校した時、階段ですれ違った方に当たり前のように「こんにちは」と挨拶され、私は驚いて何も言えませんでした。今では永井先生のおっしゃる「家族」を身を持って感じ、その意味がよくわかります。アナセミは一人の喜びを、全員で心から喜べるところです。もし辛いことがあっても一緒に受け止めて、本当に親身になってくださる先生がいらっしゃいます。ここの一員でいること=無敵なのではと思います!!
 永井先生、皆さん、本当にいつもありがとうございます。そして、これからもどうぞよろしくお願い致します。


松尾 翠 【6期生】
永井先生、そして東京アナウンスセミナーに出会えたことは私の運命を変えました。本試験の前に各局が主催するアナウンスセミナーにことごとく落ち、どうしようもなく焦り煮詰まっていた時に出会ったのが永井先生でした。先生のご指導を受けるまで、私は自分を人に分かってもらえるように表現することもままならない状態でした。先生がまず教えてくださったことは、「自分について、ノート一冊以上書く」という事。自分って何だろう……。この旅は、今でも続いています。今までの道を見つめ、先に繋げ、言葉にする。これはとても難しいです。しかしこの作業の中で、今まで歩んできた道の至る所に、多くの方々の優しさや支えがキラキラと輝いている事に気づけました。先生から最初にいただいたプレゼントは、そんな当たり前で見落としてしまいがち、でもすごくすごく大切な事に気づかせていただいたことです。敬語がきちんと使えず、ぴしっと叱ってくださったのも先生でした。その場で大泣きしてしまった私を、先生やアナセミファミリーのお兄さんお姉さんは優しく見守ってくださいました。先生は、言葉だけではなく自らの姿勢で私達を導いてくださいます。試験で緊張しているときも私を和ませてくれたのは、先生がメールで送って下さる街の片隅に咲いている小さな、けれどとても美しいお花の画像でした。そして、「明るく、心を持って、一生懸命」の言葉。周りの草花や空、素晴らしい自然にすら目が向かなくなってしまうほどいっぱいいっぱいになってしまうときもありましたが、「あっ、これはアナウンサーを目指す姿として違う」と立ち返らせてくださいました。今、人生第二章のスタートラインにたつことができたのは、永井先生率いるアナセミファミリーのおかげです。先生、これからも人生の先生でいてください。暖かい先生とアナセミが大好きです。これから試験を受ける皆様、先生を信じてまっすぐに歩めば、必ず道がひらけますよ!


有村 昆 【社会人】
 「自分がやりたいことは、今始めないと後悔する」
 一度しかない人生、思い切りやりたいことを貫く。
 やりたいことなのだから、どんなにつらくても出来るはず!常に自分に問い掛けてみてください。
 「私の夢」を「私の予定」と書き換えただけで、こんなに近づいた。千里の道も一歩から。具体的に今何をやるべ きか?です。
 「ヒューマンネットワーク」人生で一番大切にしたいモットー。この言葉を教えていただいたのは、もちろん永井先 生です。今正直僕は、永井先生のおかげで、喋り手という仕事が出来ています。本当に感謝の気持ちでいっぱい です。皆さんも今後社会に出て、いろんな方とお会いするでしょう。その出会いこそがあなたの人生を変えるので す。
 よき出会いを。頑張ってください、応援しています!! Good Luck!


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